PBPKの憂鬱?
2025-01-18
薬剤学2025年1月号35ページに、薬物動態分野のご高名な先生が、PBPKについて以下のような記事を掲載しています。
「(略)世界的に圧倒的にそのPBPK解析ではそのソフトウェアが使われ。。。(中略)その時に危惧した問題が現在は進んでいると感ずる。つまり、解析担当者はソフトウェアに入力するパラメーターを情報として揃えることを優先し、個々のパラメータの重要性とその精度について考えていない。また、ガイドラインが出来上がると、製薬企業はそれに基づいて臨床試験を効率化することのみを優先し、そのために関連の研究はルーチンとして外注して人件費を絞り、結果としてDDIの機構や予測性を考察できる社内研究者がいなくなり、学会でもそのような研究が極めて低調になっている。ガイドラインやソフトウェアの改善点を指摘できる研究者は少なくなり、さらにソフトウェアの業者は解析再現性のみを重視し、結局20年以上もソフトウェアの技術を本質的に改善しようとしない。」
-------------------
私も全く同意見です。
まず初めに、上記のコメントを出される勇気、とても尊敬します。また、掲載してくださった日本薬剤学会は素晴らしいです。
-------------------
>世界的に圧倒的にそのPBPK解析ではそのソフトウェアが
私には、まるで集団催眠や宗教的洗脳のように見えます。
非常に高額なお金を払い(会社に払わせ)、奇蹟のような完璧な「予測(*)」が何百何千も学術誌に論文発表され(多くが10%以内の誤差で「平均」血中濃度推移に一致する)、ユーザー会で仲間同士の絆が生まれれば、そのソフトウェアを信じるのは無理もないです。一度、洗脳され信じてしまえば、もう、上記のような警告など、一切耳に入らないでしょう。
-------------------
>危惧した問題が現在は進んでいる
なぜ、このような状況になっているのでしょうか?
これまでに何度もこのブログで書いてきましたが、
(A) Bottom-up予測が外れたデータは報告されない(隠蔽)。
(B) 血中濃度推移について、薬物毎に、実測データから逆算した(fittingした)パラメータを用いたsimulation結果と、(逆算に用いた、または同一条件下の別試験の)実測値が一致することで、モデルの「予測」性が検証されたと報告する(偽証)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/543161
が、大きな要因だと思います。
これらに関し、論文の査読は全く機能していないようです。ソフトウェアメーカーは米国の大きな学会のスポンサーですし、査読は仲間内に廻ることが多いでしょうから、こうなるのも当然です(ところで、学術誌自体にはCOIは適応されないのしょうか???)。。。
なお、ADMET and DMPKでは、そうならないようにethicsを設けています。
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/pbpk
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/article/view/923
------------------
>個々のパラメータの重要性とその精度について考えていない
Parameter fittingの問題点の一つは、1個のパラメータをfittingするだけで、他のパラメータも含め、すべての誤りが隠されてしまう点です(**)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578112
逆に言うと、そのfittingで得たモデルパラメータが正確であるためには、他のすべてのインプットデータとモデルが、非常に非常に非常に!正確でないといけません(各パラメータの誤差^パラメータ数が予測値に効いてくる(例えば、1.02 ^ 7 = 1.15(15%)))。しかし、実験を行ったことがある研究者ならだれでも知っている通り、すべてのインプットデータの誤差2%以下など、そんなことは到底あり得ません。
Parameter fittingすれば、そのモデルによる計算結果が、fittingに使用した実測データと一致することは当たり前です。良いfittingは良いモデルの必要条件の一つですが、十分条件ではありません。同等に良いfittingができるモデルは、ほかにいくつもあります。たとえ天動説と地動説ほど全く異なるモデルであっても、惑星の位置に関しては、同等の精度でfittingできます。(fittingしたモデルは、独立したテストセットで予測性が検証された内挿の範囲では、経験モデルとして使用可能です(メカニズムベースではありません)。)
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578112
最近では、化学構造式からin silico予測したパラメータがPBPKに用いられている場合も多いです。われわれ、物性研究者は、in silico予測モデルの精度がそれほど高くないことを知っています。pKaやlogPなどのように、最も多数の化合物について、正確かつ再現性の良い実測値がデータベースとして整備され、予測モデル構築に利用可能である場合であっても、現時点で最良のin silico予測モデルには、平均3倍以上(logで0.5以上)、予測誤差があります(大体の場合、対数プロットをとって、良い精度であるように見せかけています。)。とてもじゃないですが、PBPKに使用できるレベルではありません。しかし、市販PBPKモデルのoptimizedボタン一つ押せば、簡単にparameter fittingができ、すべてのパラメータの誤りは隠蔽されます。そういったことをするPBPK modelerにとって、パラメータの精度などは考える必要はないことになります。物性研究者としては、許せないですが。。。
ところで、pKaやlogPは、対数を採っていますので、それが0.1違うということは、実際には1.26倍違うということです。pHメーターで測定するpHの値は、イオン強度が0の場合と、0.15 Mの場合(すなわち生理的条件下)では、0.1違います。PBPK modelerの皆さん、どの条件でpKaが測定されているか?ご存知でしょうか?ご使用の市販ソフトウェアでは、pH実測値(pHe)からどのようにして[H+]が計算されていますか?(10^-pHeではないですよ!)pKaが1以上間違っている(つまり、Kaが「桁違い」に間違いの)論文、たくさんあります。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/560142
溶解度のデータについては、どれほど気を付けていますか?フリー体原薬と塩原薬、どちらから測定しても、あるpHにおける平衡溶解度は同じになります(***)そして、市販ソフトウェアが使用するのは、あるpHにおける平衡溶解度です。したがって、市販ソフトウェアでは、塩とフリーは区別できません(塩の溶出プロファイルを予測するには、Ksp、核形成モデル、などが必要です。)。https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/510288
Caco-2のデータは大丈夫ですか?pHはいくつですか?生体の上皮細胞膜近傍は約pH 6.5です。pH 7.4で測定したCaco-2 PappとヒトPeffの相関式は使うことはできません。なぜなら酸性薬物と塩基性薬物では、pHの影響は逆方向だからです(pH 1の差で、Pappは約10倍違います。)。また、検量線に用いられているほとんどのモデル薬物は低膜透過性ですので、高膜透過性は検量線の範囲外です。Caco-2の場合、一般にはPapp > 20 x 10-6 cm/sでは、非攪拌層(UWL)律速です。なので、Papp = 上皮細胞透過係数(Pep)ではないです。脂溶性が高い薬物の場合(logD > 2)、膜への吸着によりPappは著しく過小評価されます。BSAをapical側に入れた場合、Pappは非結合型の膜透過速度ではありません。逆に、生体では胆汁ミセルへの吸着によりフリー体分率が低下します。
そもそも、ヒトPeff = a * Papp^b (logヒトPeff = AlogPapp + B)という式は経験式であり、Physiologically-basedではありません。この経験式では、種差や食事の影響について、説明も予測もできません。
大腸の膜透過はそんなに高くないです。ASF大丈夫ですか?
小腸や大腸の水分量は大丈夫ですか?40%(600 mL)や10%ではないです。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/560135
その他、数え上げたらきりがない間違いが、20年以上放置されています。
>研究はルーチンとして外注して人件費を絞り、DDIの機構や予測性を考察できる社内研究者がいなくなり、
このままの流れだと、物性研究者も、リストラですね(😢)。
>学会でもそのような研究が極めて低調になっている
これは、まさにdystopiaですね(😱)。PCF-J、頑張りましょう。
>解析再現性のみを重視し
解析再現性とは、過去の計算がそのまま再現される、ということです。当然そうなるには、モデルを一切変更できないということになります。最新の知見は組み込まれず、間違ったパラメータ値やモデルが放置され、使い続けられることになります。もし変更すると、過去に「予測は完璧に当たった」と報告していたものが、実は誤りであったことになります。これは、困ったことになる会社や研究者が多いです。少々かわいそうですが、例え上司の命令で行った仕事だったとしても、自業自得といわれても仕方がない???かもしれないです。外れた予測を正直に報告しさえすれば、問題はなかったのですから。本来、parameter fittingさえしていないければ「予測」は外れていたはずです。そして、予測が外れる原因を追究し、改善するのが、本来の正しいサイエンスの在り方です。実際には、市販ソフトにはblack boxの部分があるため、「原因を追究」すら出来ませんが。。。
このように、現在は惨憺たる状況です。
-------------------------------
しかし、希望も見え始めています(#^^#)。
それは、
創薬研究でヒトPK「予測」をガチで行っている部門の研究者
ジェネリックメーカーでヒトBE「予測」をガチで行っている部門の研究者
です。
彼らは、parameter fittingによるごまかしが効かない現場で、ガチ「予測」を行っています。
ヒトPK「予測」では、free drug hypothesis(FDH)が、肝クリアランス予測が(何倍も!)不正確であることの大きな原因であることが、複数の大手製薬企業から報告されています(これは、OATPの基質に限った話ではなく、CYPによる代謝でもそうなります。)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578794
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/579094
ヒトBE「予測」では、溶出試験に、生体と同じ炭酸緩衝液の使用することが重要であることが示されています。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/579775
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/505799
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/555927
これまで、FDHは、PBPKにおける肝クリアランスモデルの大前提でした(FDHは、どの薬物動態の教科書にも掲載されています)。そして、上記のように、そのPBPKモデルを用いて、これまで完璧な「予測」が何百何千も学術誌に論文発表されています(多くが10%以内の誤差)。今後、FDHが大きな修正を迫られるのであれば(そうなると思いますが。。。)、これまでの論文はどうなるのでしょうか?特に、black boxのある市販PBPKソフトの場合、捏造を疑われても仕方がないです。もしかすると、それらの著者は、今後、サイエンスの進歩に対する巨大な「抵抗勢力」になってしまうのではないかと心配しています。希望は、まだparameter fittingに手を染めていない若い研究者が頑張ってくれることです。
同様に、リン酸緩衝液中での溶出プロファイルをPBBMに入力することで、血中濃度推移やBEを正確に予測できるとする論文も多数あります。しかし、その入力した溶出プロファイルは、シミュレーション中ではそのまま使われるので、消化管生理条件の影響については、溶出プロファイルに反映されません。リン酸緩衝液中の溶出プロファイルのままです。ならば高額なPBBMを使う意味ありますか?エクセルで十分です。
以下、無料ですので、どうぞ。。。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/531950
ちなみに、リン酸緩衝液(JP2, pH 6.8)は、単なるpHメーター校正標準液(pH 6.86)です。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/553656
さらに、少し考えれば、バラツキの大きい経口投与後の血中濃度推移を正確に(平均値を射抜くように)、予測できるはずがないことは、すぐにわかることだと思います。ソフトウェアへの宗教的盲信は、そのような理性すら奪ってしまうのかもしれません。。。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/544357
なお、余談ですが、上記の記事の続きに、「消化管吸収のようにそれが全くできていない欠陥。。。」とあります。当該の市販ソフトウェアは、おそらくそうなのでしょう。
一方、GUT frameworkは、非解離性薬物、フリー体原薬の酸性および塩基性薬物について、平均誤差1.5倍程度(50%)で、in vitroデータから経口吸収率(Fa)を予測できることが、複数の企業が参加した系統的検証研究で実証されています(食事の影響、種差、胃pHの影響なども検証されています)。GUT frameworkは、完全に公開されており、数式もなるべく簡単にしていますので、どなたでも検証可能です(そもそも完全公開がサイエンスの原則です)。一方、塩や共結晶などについてはまだまだですが、炭酸緩衝液の使用により、予測可能になりつつあります。なお、GUT frameworkは、すでに複数の市販ソフトウェアの基礎部分となっています。1.5倍の誤差は、血中濃度推移としてみると、かなり大きく見えます。そういった意味で、GUT frameworkはまだまだ発展中です。しかし、経口吸収予測が「まったく出来ていない欠陥」なのではありません。
また、経口吸収性の分野では、biorelevant dissolution testが、かなり活発に研究され、学会などでも発表されています。これはすなわち、現時点はPBBM予測が外れることを、Wet系の研究者が正しく理解しているということです。
現在、我々、経口吸収の研究者は、日々、頑張って研究しています。
しかし、市販PBPK modelで完璧に予測できるという幻想が広まってしまったら、我々の努力は、すべて水の泡となり、サイエンスは終焉してしまいます。大変残念ですが、上記の記事ように、薬物動態分野は、すでにそうなりつつあるようです。
このブログで、何度も書いていますが、
The greatest enemy of knowledge is not ignorance, it is the illusion of knowledge.
-DANIEL BOORSTIN/ STEPHEN HAWKING
です。"enemy"という強い言葉が使われている意味を、是非ご理解ください。
なお、DDI予測は、mechanistic static modelが系統的検証研究で実証されています(これは日本で開発された素晴らしい方法です)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/522046
なぜ、この方法が可能かというと、特異的阻害剤の「介入」試験により、fmを求めることが出来るためです。上記記事中でも、体内全体を扱うPBPKではなく、「クリアランスに集中してDDIを管理すべき」とあります。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/545052
薬物動態分野でも頑張っている先生方がいらっしゃいますので、是非、応援してください。
=====================================================================================
(*)実際には、実測データへのfitting curveを「予測」とした捏造
(**)厳密にいうと、その律速段階のパラメータ(感度分析で感度のあるパラメータ)については、あらゆる誤りが隠蔽されます。また、律速段階以外のパラメータ(感度分析で感度のないパラメータ)については、そもそも血中濃度推移に影響がないので、誤りは隠されたままです。いずれにせよ、誤りは隠蔽されます。
(***)緩衝液でpHがしっかり維持できている場合、かつ、平衡に到達している場合です。通常は、そうなるように、溶解度測定の試験条件は設定されています。塩にすると溶解性や吸収性が上がるのは、過飽和が主な原因です。あるpHでの平衡溶解度が上がるのではありません。
「(略)世界的に圧倒的にそのPBPK解析ではそのソフトウェアが使われ。。。(中略)その時に危惧した問題が現在は進んでいると感ずる。つまり、解析担当者はソフトウェアに入力するパラメーターを情報として揃えることを優先し、個々のパラメータの重要性とその精度について考えていない。また、ガイドラインが出来上がると、製薬企業はそれに基づいて臨床試験を効率化することのみを優先し、そのために関連の研究はルーチンとして外注して人件費を絞り、結果としてDDIの機構や予測性を考察できる社内研究者がいなくなり、学会でもそのような研究が極めて低調になっている。ガイドラインやソフトウェアの改善点を指摘できる研究者は少なくなり、さらにソフトウェアの業者は解析再現性のみを重視し、結局20年以上もソフトウェアの技術を本質的に改善しようとしない。」
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私も全く同意見です。
まず初めに、上記のコメントを出される勇気、とても尊敬します。また、掲載してくださった日本薬剤学会は素晴らしいです。
-------------------
>世界的に圧倒的にそのPBPK解析ではそのソフトウェアが
私には、まるで集団催眠や宗教的洗脳のように見えます。
非常に高額なお金を払い(会社に払わせ)、奇蹟のような完璧な「予測(*)」が何百何千も学術誌に論文発表され(多くが10%以内の誤差で「平均」血中濃度推移に一致する)、ユーザー会で仲間同士の絆が生まれれば、そのソフトウェアを信じるのは無理もないです。一度、洗脳され信じてしまえば、もう、上記のような警告など、一切耳に入らないでしょう。
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>危惧した問題が現在は進んでいる
なぜ、このような状況になっているのでしょうか?
これまでに何度もこのブログで書いてきましたが、
(A) Bottom-up予測が外れたデータは報告されない(隠蔽)。
(B) 血中濃度推移について、薬物毎に、実測データから逆算した(fittingした)パラメータを用いたsimulation結果と、(逆算に用いた、または同一条件下の別試験の)実測値が一致することで、モデルの「予測」性が検証されたと報告する(偽証)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/543161
が、大きな要因だと思います。
これらに関し、論文の査読は全く機能していないようです。ソフトウェアメーカーは米国の大きな学会のスポンサーですし、査読は仲間内に廻ることが多いでしょうから、こうなるのも当然です(ところで、学術誌自体にはCOIは適応されないのしょうか???)。。。
なお、ADMET and DMPKでは、そうならないようにethicsを設けています。
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/pbpk
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/article/view/923
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>個々のパラメータの重要性とその精度について考えていない
Parameter fittingの問題点の一つは、1個のパラメータをfittingするだけで、他のパラメータも含め、すべての誤りが隠されてしまう点です(**)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578112
逆に言うと、そのfittingで得たモデルパラメータが正確であるためには、他のすべてのインプットデータとモデルが、非常に非常に非常に!正確でないといけません(各パラメータの誤差^パラメータ数が予測値に効いてくる(例えば、1.02 ^ 7 = 1.15(15%)))。しかし、実験を行ったことがある研究者ならだれでも知っている通り、すべてのインプットデータの誤差2%以下など、そんなことは到底あり得ません。
Parameter fittingすれば、そのモデルによる計算結果が、fittingに使用した実測データと一致することは当たり前です。良いfittingは良いモデルの必要条件の一つですが、十分条件ではありません。同等に良いfittingができるモデルは、ほかにいくつもあります。たとえ天動説と地動説ほど全く異なるモデルであっても、惑星の位置に関しては、同等の精度でfittingできます。(fittingしたモデルは、独立したテストセットで予測性が検証された内挿の範囲では、経験モデルとして使用可能です(メカニズムベースではありません)。)
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578112
最近では、化学構造式からin silico予測したパラメータがPBPKに用いられている場合も多いです。われわれ、物性研究者は、in silico予測モデルの精度がそれほど高くないことを知っています。pKaやlogPなどのように、最も多数の化合物について、正確かつ再現性の良い実測値がデータベースとして整備され、予測モデル構築に利用可能である場合であっても、現時点で最良のin silico予測モデルには、平均3倍以上(logで0.5以上)、予測誤差があります(大体の場合、対数プロットをとって、良い精度であるように見せかけています。)。とてもじゃないですが、PBPKに使用できるレベルではありません。しかし、市販PBPKモデルのoptimizedボタン一つ押せば、簡単にparameter fittingができ、すべてのパラメータの誤りは隠蔽されます。そういったことをするPBPK modelerにとって、パラメータの精度などは考える必要はないことになります。物性研究者としては、許せないですが。。。
ところで、pKaやlogPは、対数を採っていますので、それが0.1違うということは、実際には1.26倍違うということです。pHメーターで測定するpHの値は、イオン強度が0の場合と、0.15 Mの場合(すなわち生理的条件下)では、0.1違います。PBPK modelerの皆さん、どの条件でpKaが測定されているか?ご存知でしょうか?ご使用の市販ソフトウェアでは、pH実測値(pHe)からどのようにして[H+]が計算されていますか?(10^-pHeではないですよ!)pKaが1以上間違っている(つまり、Kaが「桁違い」に間違いの)論文、たくさんあります。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/560142
溶解度のデータについては、どれほど気を付けていますか?フリー体原薬と塩原薬、どちらから測定しても、あるpHにおける平衡溶解度は同じになります(***)そして、市販ソフトウェアが使用するのは、あるpHにおける平衡溶解度です。したがって、市販ソフトウェアでは、塩とフリーは区別できません(塩の溶出プロファイルを予測するには、Ksp、核形成モデル、などが必要です。)。https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/510288
Caco-2のデータは大丈夫ですか?pHはいくつですか?生体の上皮細胞膜近傍は約pH 6.5です。pH 7.4で測定したCaco-2 PappとヒトPeffの相関式は使うことはできません。なぜなら酸性薬物と塩基性薬物では、pHの影響は逆方向だからです(pH 1の差で、Pappは約10倍違います。)。また、検量線に用いられているほとんどのモデル薬物は低膜透過性ですので、高膜透過性は検量線の範囲外です。Caco-2の場合、一般にはPapp > 20 x 10-6 cm/sでは、非攪拌層(UWL)律速です。なので、Papp = 上皮細胞透過係数(Pep)ではないです。脂溶性が高い薬物の場合(logD > 2)、膜への吸着によりPappは著しく過小評価されます。BSAをapical側に入れた場合、Pappは非結合型の膜透過速度ではありません。逆に、生体では胆汁ミセルへの吸着によりフリー体分率が低下します。
そもそも、ヒトPeff = a * Papp^b (logヒトPeff = AlogPapp + B)という式は経験式であり、Physiologically-basedではありません。この経験式では、種差や食事の影響について、説明も予測もできません。
大腸の膜透過はそんなに高くないです。ASF大丈夫ですか?
小腸や大腸の水分量は大丈夫ですか?40%(600 mL)や10%ではないです。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/560135
その他、数え上げたらきりがない間違いが、20年以上放置されています。
>研究はルーチンとして外注して人件費を絞り、DDIの機構や予測性を考察できる社内研究者がいなくなり、
このままの流れだと、物性研究者も、リストラですね(😢)。
>学会でもそのような研究が極めて低調になっている
これは、まさにdystopiaですね(😱)。PCF-J、頑張りましょう。
>解析再現性のみを重視し
解析再現性とは、過去の計算がそのまま再現される、ということです。当然そうなるには、モデルを一切変更できないということになります。最新の知見は組み込まれず、間違ったパラメータ値やモデルが放置され、使い続けられることになります。もし変更すると、過去に「予測は完璧に当たった」と報告していたものが、実は誤りであったことになります。これは、困ったことになる会社や研究者が多いです。少々かわいそうですが、例え上司の命令で行った仕事だったとしても、自業自得といわれても仕方がない???かもしれないです。外れた予測を正直に報告しさえすれば、問題はなかったのですから。本来、parameter fittingさえしていないければ「予測」は外れていたはずです。そして、予測が外れる原因を追究し、改善するのが、本来の正しいサイエンスの在り方です。実際には、市販ソフトにはblack boxの部分があるため、「原因を追究」すら出来ませんが。。。
このように、現在は惨憺たる状況です。
-------------------------------
しかし、希望も見え始めています(#^^#)。
それは、
創薬研究でヒトPK「予測」をガチで行っている部門の研究者
ジェネリックメーカーでヒトBE「予測」をガチで行っている部門の研究者
です。
彼らは、parameter fittingによるごまかしが効かない現場で、ガチ「予測」を行っています。
ヒトPK「予測」では、free drug hypothesis(FDH)が、肝クリアランス予測が(何倍も!)不正確であることの大きな原因であることが、複数の大手製薬企業から報告されています(これは、OATPの基質に限った話ではなく、CYPによる代謝でもそうなります。)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/578794
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/579094
ヒトBE「予測」では、溶出試験に、生体と同じ炭酸緩衝液の使用することが重要であることが示されています。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/579775
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/505799
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/555927
これまで、FDHは、PBPKにおける肝クリアランスモデルの大前提でした(FDHは、どの薬物動態の教科書にも掲載されています)。そして、上記のように、そのPBPKモデルを用いて、これまで完璧な「予測」が何百何千も学術誌に論文発表されています(多くが10%以内の誤差)。今後、FDHが大きな修正を迫られるのであれば(そうなると思いますが。。。)、これまでの論文はどうなるのでしょうか?特に、black boxのある市販PBPKソフトの場合、捏造を疑われても仕方がないです。もしかすると、それらの著者は、今後、サイエンスの進歩に対する巨大な「抵抗勢力」になってしまうのではないかと心配しています。希望は、まだparameter fittingに手を染めていない若い研究者が頑張ってくれることです。
同様に、リン酸緩衝液中での溶出プロファイルをPBBMに入力することで、血中濃度推移やBEを正確に予測できるとする論文も多数あります。しかし、その入力した溶出プロファイルは、シミュレーション中ではそのまま使われるので、消化管生理条件の影響については、溶出プロファイルに反映されません。リン酸緩衝液中の溶出プロファイルのままです。ならば高額なPBBMを使う意味ありますか?エクセルで十分です。
以下、無料ですので、どうぞ。。。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/531950
ちなみに、リン酸緩衝液(JP2, pH 6.8)は、単なるpHメーター校正標準液(pH 6.86)です。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/553656
さらに、少し考えれば、バラツキの大きい経口投与後の血中濃度推移を正確に(平均値を射抜くように)、予測できるはずがないことは、すぐにわかることだと思います。ソフトウェアへの宗教的盲信は、そのような理性すら奪ってしまうのかもしれません。。。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/544357
なお、余談ですが、上記の記事の続きに、「消化管吸収のようにそれが全くできていない欠陥。。。」とあります。当該の市販ソフトウェアは、おそらくそうなのでしょう。
一方、GUT frameworkは、非解離性薬物、フリー体原薬の酸性および塩基性薬物について、平均誤差1.5倍程度(50%)で、in vitroデータから経口吸収率(Fa)を予測できることが、複数の企業が参加した系統的検証研究で実証されています(食事の影響、種差、胃pHの影響なども検証されています)。GUT frameworkは、完全に公開されており、数式もなるべく簡単にしていますので、どなたでも検証可能です(そもそも完全公開がサイエンスの原則です)。一方、塩や共結晶などについてはまだまだですが、炭酸緩衝液の使用により、予測可能になりつつあります。なお、GUT frameworkは、すでに複数の市販ソフトウェアの基礎部分となっています。1.5倍の誤差は、血中濃度推移としてみると、かなり大きく見えます。そういった意味で、GUT frameworkはまだまだ発展中です。しかし、経口吸収予測が「まったく出来ていない欠陥」なのではありません。
また、経口吸収性の分野では、biorelevant dissolution testが、かなり活発に研究され、学会などでも発表されています。これはすなわち、現時点はPBBM予測が外れることを、Wet系の研究者が正しく理解しているということです。
現在、我々、経口吸収の研究者は、日々、頑張って研究しています。
しかし、市販PBPK modelで完璧に予測できるという幻想が広まってしまったら、我々の努力は、すべて水の泡となり、サイエンスは終焉してしまいます。大変残念ですが、上記の記事ように、薬物動態分野は、すでにそうなりつつあるようです。
このブログで、何度も書いていますが、
The greatest enemy of knowledge is not ignorance, it is the illusion of knowledge.
-DANIEL BOORSTIN/ STEPHEN HAWKING
です。"enemy"という強い言葉が使われている意味を、是非ご理解ください。
なお、DDI予測は、mechanistic static modelが系統的検証研究で実証されています(これは日本で開発された素晴らしい方法です)。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/522046
なぜ、この方法が可能かというと、特異的阻害剤の「介入」試験により、fmを求めることが出来るためです。上記記事中でも、体内全体を扱うPBPKではなく、「クリアランスに集中してDDIを管理すべき」とあります。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/545052
薬物動態分野でも頑張っている先生方がいらっしゃいますので、是非、応援してください。
=====================================================================================
(*)実際には、実測データへのfitting curveを「予測」とした捏造
(**)厳密にいうと、その律速段階のパラメータ(感度分析で感度のあるパラメータ)については、あらゆる誤りが隠蔽されます。また、律速段階以外のパラメータ(感度分析で感度のないパラメータ)については、そもそも血中濃度推移に影響がないので、誤りは隠されたままです。いずれにせよ、誤りは隠蔽されます。
(***)緩衝液でpHがしっかり維持できている場合、かつ、平衡に到達している場合です。通常は、そうなるように、溶解度測定の試験条件は設定されています。塩にすると溶解性や吸収性が上がるのは、過飽和が主な原因です。あるpHでの平衡溶解度が上がるのではありません。