投与量の高い薬物塩に関する炭酸緩衝液を用いた溶出試験

2024-12-17
以下、論文紹介です。

Tarumi, Y., & Sugano, K. (2024). Dissolution profiles of high-dose salt-form drugs in bicarbonate buffer and phosphate buffer. Journal of Pharmaceutical Sciences.

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022354924004763

これまでの炭酸緩衝液に関する研究は、主に、薬物粒子表面における中和反応に着目していました。他の緩衝液(例えばリン酸緩衝液)と比べ、炭酸緩衝液の中和反応が数秒単位と非常に遅いため、溶出の際に、粒子表面で十分に中和できないということが、様々な研究で示されています。これは、解離性薬物(=酸性薬物や塩基性薬物)のフリー体の溶出速度に影響を与えます。しかし、これについては、小腸内で溶解度膜透過律速の場合、Faにはあまり影響はないでしょう。より重要なのは、難水溶性薬物塩の場合、フリー体の表面析出に大きな影響を与えるため、その後の過飽和形成に大きな差が生じることです。

ところで、実は、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液には、もう一つ大きな差があります。それは、酸や塩基を加えた際のpH変化です。
緩衝能(β、mol/pH)を揃えれば同じになるのでは?とお考えの方も多いと思いますが、実はそうなりません。緩衝能は、酸や塩基を加えた際のpH変化の「微分」です。なので、実際には、それを積分した値がpH変化になります。
緩衝能は、pH = 緩衝剤のpKa、において最大になります。
炭酸のpKaは6.05、リン酸は6.69です。
したがって、pH 6.5の溶液に酸や塩基を加えた際、炭酸では低pH側で、リン酸では逆に高pH側で緩衝能が最大になります。このため、pH 6.5で緩衝能を揃えた場合でも、酸の添加に対するpH変化は炭酸の方が小さくなります。小腸溶液中の緩衝能は4.4 mM/pHですので、投与量が高い薬物の場合、バルク相溶液のpHが変化します。このことは、溶出プロファイルに大きな影響があります。(投与量(モル)/消化管溶液量(100 mL)でモル濃度を計算することで、ある程度計算できます。)

このバルク相pH変化は、in vivoで起きるのか?小腸のpHは、生体により積極的に維持されているのではないか?と言う考え方もあります。確かに、小腸膜近傍のmicroclimate pHについては維持されていると思います。一方で、バルク相溶液のpHについては、維持されているというデータはありません。逆に、維持されていないことを支持するデータとしては、
・個体間差が非常に大きい
・実際にイブプロフェン800 mgでは、小腸内pHが1程度下がる(なお、イブプロフェン800 mg/ 100 mLの溶出試験では、10 mM炭酸緩衝液で同程度のpH低下になります。)
があります。

したがって、十二指腸において膵液で中和された後は、むしろ成り行きpHになっているような気がします(ここでいう、成り行きpHとは、血液中のCO2との平衡になっているという意味です。CO2の膜透過は速いので、この可能性は十分あります。ただし、成り行きでpHが維持されるのは、アルカリ側方向のみです。詳しくは論文をご覧ください。)。

今回の検討で用いた高投与量薬物塩の経口吸収性についても、pHが変化すると考えることで説明できそうです。この点については、現在詳細に検討中です。