クリアランスの説明(物性製剤研究者向け) その2
2024-05-17
前回のブログでは、体の各レベルでの薬物濃度を定義し、それを基にしてクリアランスを定義しました。ここからは、すこし算数を使って考えていきます。小学生レベルの算数なのでご心配なく。。。
まず初めに、2つ、重要な原理を説明します。
〇 排泄速度等価原理(equality of elimination rate, EEL)
薬物を除去する装置を生体のどのレベルで考えるとしても、体から除去される速度(量/時間)としては、同じになると考えられます。例えば、おしっこをする前後で、体重は減りますが、その量と、膀胱から減る量は、同じですよね?(最近の体重計は0.1 kgまで測定できます。おしっこは0.2-0.4 Lでますので、体重計で測定できます。)つまり、重さが減る量は、体全体として考えても、膀胱という臓器として考えても、同じ値です。
したがって、どのレベルを薬物除去装置ととらえても排泄速度は同じになります。例えば、肝臓のみで代謝/排泄される場合、
EL = C_STB x CL_TB = C_FIB x CL_H = C_CPB x CL_CELL = C_ICF x CL_EZ
これを、論文中では、排泄速度等価原理(equality of elimination rate)と呼んでいます。この原理により、各濃度間の関係が分かれば、各クリアランス間の関係も分かることになります。
本論文中、図1の灰色の矢印が、EELを表しています。(ところで、灰色の矢印は、ウナギ(eel)にみえませんか?)
〇 定常状態マスバランスの原理(mass balance at steady state, MBSS)
もう一つの原理は、定常状態(steady state)における物質収支(mass balance)です。ここでは、あるひとつの臓器を考えましょう。
臓器に毎時入ってくる薬物量をMTin、臓器内で毎時除去される薬物量をEL、毎時出ていく量を薬物量をMToutとします。MTはMass transfer(物質移動)の意味です。定常状態は、臓器内の薬物量に増減が無く一定の状態ですので、これらの量の差し引きがゼロになります。
MTin - (EL + MLout) = 0
これを定常状態物質収支の原理(Mass balance at steady state (MBSS))とします。この式の括弧内を式の右側に移動すると、
MTin = EL + MLout
になります。こちらの式の方が、等式で結ばれているので、バランスをとっているイメージが湧きやすいかもしれないですね。
物質移動は、血流による場合(臓器)と、膜透過による場合(細胞)があります。それぞれ、慣例的に、QおよびPSと表します。次元は、クリアランスと同じ、体積/時間です。
これら2つは、誰から見ても文句なく成立している自明の原理と考えてよいでしょう。それでは次に、これらの原理を使って、各レベルの濃度の関係を考えていきましょう。
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まず初めに臓器入り口の血管部分を考えてみましょう。肝臓なら、門脈と肝動脈になります。この部分では、薬物は除去されませんのでEL = 0になります。したがってMBSSは、
C_STB x Qin = C_FIB x Qout
ここで、Qin = Qoutである場合、両者を共に肝血流量(Q_H)で表すと、
C_STB x Q_H = C_FIB x Q_H
なので、
C_STB = C_FIB
です。血管部位では薬物が除去されないのだから、血管部位の入り口と出口で濃度が同じになるのは当たり前にも思えます。このような数式変換は、回りくどいでしょうか?しかし、たとえば、この部分に薬物を含まない血液が合流する場合、この部分で濃度が薄まるのですから、C_STB = C_FIBにはなりませんよね?また、Qin = Qoutにもなりません。しかしこの場合でも、MBSS自体は成立します。C_STB = C_FIBは、あくまでQin = Qoutである場合です。このように、薬物濃度の定義および2つ原理を明確にすることで、どのような前提条件から導かれているのかが明確になります。
---
それでは、いよいよ本題の、臓器クリアランスについて考えてみましょう。ここでは、肝臓器クリアランス(CL_H)を例にします。Qin = Qoutの場合、MBSSはQ_H使って、以下のようにあらわされます。
C_FIB x Q_H = EL + C_FOB x Q_H
ここで、C_FOBは臓器から出てきた血液中の薬物濃度です(flow-out blood)。この臓器では、薬物が除去されるのでELはゼロではありません。また、C_FOB < C_FIBになります。ここで、ELを肝臓器クリアランス(CL_H)で表すと、
C_FIB x Q_H = C_FIB x CL_H + C_FOB x Q_H
となります。肝臓器クリアランスは臓器に流入する血液(flow-in blood, FIB)の中から臓器が薬物を取り除くとして定義されていることを思い出しましょう。この式を変形すると、
C_FOB/C_FIB = 1 - CL_H/Q_H
になります。C_FOB/C_FIBは肝臓で取り除かれないで出口に出てくる割合、すなわち肝アベイラビィティー(F_H)になります。また、肝臓で取り除かれる割合(肝抽出率E_H)は、
E_H = 1 - C_FOB/C_FIB = 1 - F_H = CL_H/Q_H
になりますね。これは、肝血流量の内、体積換算で何割が除去されるかを表しています。この式を変形すると、
CL_H = E_H x Q_H
この式を肝臓器クリアランスの定義としている文献もありますが、この式は、薬物濃度の定義とMBSSから導かれています。したがって、この式は、CL_Hを直接的に定義するものではありません。CL_Hは、ELとC_FIBで定義されています。また、ここまでは、肝臓の中で薬物がどのように分布しているかは一切仮定しないで導かれています。すなわち、ここまでは非モデル依存です。この辺りの混乱が、クリアランス論争の原因の一つです。
---
それでは、次に、細胞によるクリアランス(CL_CELL)とCL_Hの関係について考えてみます。EELを考えると、MBSSは、
C_FIB x Q_H = C_CPB x CL_CELL + C_FOB x Q_H
になりますね。C_CPB x CL_CELLは、臓器内の毛細血管(capillary blood, CPB)から、細胞(CELL)が薬物を除去(CL)しているという意味です。この式では、濃度が3つ出てきます。C_FIB、C_CPB、C_FOBです。したがって、このままでは、2つの濃度間の関係式に変換することができません。どれか2つを結びつける仮説(モデル)が1つ必要です。そこで、毛細血管内は良く撹拌されていて(Well-stirred model (WSM))で、薬物濃度は均一と仮定します。この仮定を、WSM_CBPとします。この場合、その濃度の血液が出口から出てくることになります。したがって、
C_FOB = C_CPB
この関係式を代入して、
C_FIB x Q_H = C_CPB x CL_CELL + C_CPB x Q_H
ここでは、あくまで、C_FOB = C_CPBを代入しているだけで、C_CPBが直接臓器から出ていくということではありません(実際、parallel tube modelでは、C_FOB < C_CPBになります。)
変形すると、
C_CPB/C_FIB = 1 / (1 + CL_CELL/ Q_H)
が得られます。さらに、EELから
C_FIB x CL_H = C_CPB x CL_CELL
なので、
CL_H = 1/ (1/Q_H + 1/CL_CELL)
という式が導かれます。(すこし面倒くさいですが、ご自分で導いてみてください。)この式は、WSM_CPBを仮定しています。つまり、モデル依存です(別のモデル、たとえは、parallel tube modelを、毛細血管内薬物分布として仮定することもできます。)。
ここで、さらに、毛細血管血中非結合型分率(fu_CPB)の分のみが細胞により除去される仮定すると(free fraction theory (FFT))
CL_H = 1/ (1/Q_H + 1/ (fu_CPB x CL_CELL_u))
= Q_H x fu_CBP x CL_CELL _u/ (Q_H + fu_CPB x CL_CELL_u)
となります。ここで注意して欲しいのは、この式は教科書によく掲載されている、
CL_H = Q_H x fuB x CLint / (Q_H + fuB x CLint)
という式と非常によく似ていますが、意味は全く違います。CLint = CL_CELL_uではありません。後述しますが、もともとの提案時から、CLintはCL_EZ_uとして定義されています。つまり、肝臓内非結合型濃度で定義されているのではありません。CLintは、細胞内非結合型濃度で定義されています。この辺りの混乱が、クリアランス論争の、もう一つの原因です。
ところで、肝臓内非結合型濃度って、一体、何でしょうね?肝臓内の平均非結合型濃度であるとはかぎらないですよね?これは、肝取り込みトランスポーターがある場合を考えれば明らかですね?この点は、次回のブログで説明します。
まず初めに、2つ、重要な原理を説明します。
〇 排泄速度等価原理(equality of elimination rate, EEL)
薬物を除去する装置を生体のどのレベルで考えるとしても、体から除去される速度(量/時間)としては、同じになると考えられます。例えば、おしっこをする前後で、体重は減りますが、その量と、膀胱から減る量は、同じですよね?(最近の体重計は0.1 kgまで測定できます。おしっこは0.2-0.4 Lでますので、体重計で測定できます。)つまり、重さが減る量は、体全体として考えても、膀胱という臓器として考えても、同じ値です。
したがって、どのレベルを薬物除去装置ととらえても排泄速度は同じになります。例えば、肝臓のみで代謝/排泄される場合、
EL = C_STB x CL_TB = C_FIB x CL_H = C_CPB x CL_CELL = C_ICF x CL_EZ
これを、論文中では、排泄速度等価原理(equality of elimination rate)と呼んでいます。この原理により、各濃度間の関係が分かれば、各クリアランス間の関係も分かることになります。
本論文中、図1の灰色の矢印が、EELを表しています。(ところで、灰色の矢印は、ウナギ(eel)にみえませんか?)
〇 定常状態マスバランスの原理(mass balance at steady state, MBSS)
もう一つの原理は、定常状態(steady state)における物質収支(mass balance)です。ここでは、あるひとつの臓器を考えましょう。
臓器に毎時入ってくる薬物量をMTin、臓器内で毎時除去される薬物量をEL、毎時出ていく量を薬物量をMToutとします。MTはMass transfer(物質移動)の意味です。定常状態は、臓器内の薬物量に増減が無く一定の状態ですので、これらの量の差し引きがゼロになります。
MTin - (EL + MLout) = 0
これを定常状態物質収支の原理(Mass balance at steady state (MBSS))とします。この式の括弧内を式の右側に移動すると、
MTin = EL + MLout
になります。こちらの式の方が、等式で結ばれているので、バランスをとっているイメージが湧きやすいかもしれないですね。
物質移動は、血流による場合(臓器)と、膜透過による場合(細胞)があります。それぞれ、慣例的に、QおよびPSと表します。次元は、クリアランスと同じ、体積/時間です。
これら2つは、誰から見ても文句なく成立している自明の原理と考えてよいでしょう。それでは次に、これらの原理を使って、各レベルの濃度の関係を考えていきましょう。
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まず初めに臓器入り口の血管部分を考えてみましょう。肝臓なら、門脈と肝動脈になります。この部分では、薬物は除去されませんのでEL = 0になります。したがってMBSSは、
C_STB x Qin = C_FIB x Qout
ここで、Qin = Qoutである場合、両者を共に肝血流量(Q_H)で表すと、
C_STB x Q_H = C_FIB x Q_H
なので、
C_STB = C_FIB
です。血管部位では薬物が除去されないのだから、血管部位の入り口と出口で濃度が同じになるのは当たり前にも思えます。このような数式変換は、回りくどいでしょうか?しかし、たとえば、この部分に薬物を含まない血液が合流する場合、この部分で濃度が薄まるのですから、C_STB = C_FIBにはなりませんよね?また、Qin = Qoutにもなりません。しかしこの場合でも、MBSS自体は成立します。C_STB = C_FIBは、あくまでQin = Qoutである場合です。このように、薬物濃度の定義および2つ原理を明確にすることで、どのような前提条件から導かれているのかが明確になります。
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それでは、いよいよ本題の、臓器クリアランスについて考えてみましょう。ここでは、肝臓器クリアランス(CL_H)を例にします。Qin = Qoutの場合、MBSSはQ_H使って、以下のようにあらわされます。
C_FIB x Q_H = EL + C_FOB x Q_H
ここで、C_FOBは臓器から出てきた血液中の薬物濃度です(flow-out blood)。この臓器では、薬物が除去されるのでELはゼロではありません。また、C_FOB < C_FIBになります。ここで、ELを肝臓器クリアランス(CL_H)で表すと、
C_FIB x Q_H = C_FIB x CL_H + C_FOB x Q_H
となります。肝臓器クリアランスは臓器に流入する血液(flow-in blood, FIB)の中から臓器が薬物を取り除くとして定義されていることを思い出しましょう。この式を変形すると、
C_FOB/C_FIB = 1 - CL_H/Q_H
になります。C_FOB/C_FIBは肝臓で取り除かれないで出口に出てくる割合、すなわち肝アベイラビィティー(F_H)になります。また、肝臓で取り除かれる割合(肝抽出率E_H)は、
E_H = 1 - C_FOB/C_FIB = 1 - F_H = CL_H/Q_H
になりますね。これは、肝血流量の内、体積換算で何割が除去されるかを表しています。この式を変形すると、
CL_H = E_H x Q_H
この式を肝臓器クリアランスの定義としている文献もありますが、この式は、薬物濃度の定義とMBSSから導かれています。したがって、この式は、CL_Hを直接的に定義するものではありません。CL_Hは、ELとC_FIBで定義されています。また、ここまでは、肝臓の中で薬物がどのように分布しているかは一切仮定しないで導かれています。すなわち、ここまでは非モデル依存です。この辺りの混乱が、クリアランス論争の原因の一つです。
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それでは、次に、細胞によるクリアランス(CL_CELL)とCL_Hの関係について考えてみます。EELを考えると、MBSSは、
C_FIB x Q_H = C_CPB x CL_CELL + C_FOB x Q_H
になりますね。C_CPB x CL_CELLは、臓器内の毛細血管(capillary blood, CPB)から、細胞(CELL)が薬物を除去(CL)しているという意味です。この式では、濃度が3つ出てきます。C_FIB、C_CPB、C_FOBです。したがって、このままでは、2つの濃度間の関係式に変換することができません。どれか2つを結びつける仮説(モデル)が1つ必要です。そこで、毛細血管内は良く撹拌されていて(Well-stirred model (WSM))で、薬物濃度は均一と仮定します。この仮定を、WSM_CBPとします。この場合、その濃度の血液が出口から出てくることになります。したがって、
C_FOB = C_CPB
この関係式を代入して、
C_FIB x Q_H = C_CPB x CL_CELL + C_CPB x Q_H
ここでは、あくまで、C_FOB = C_CPBを代入しているだけで、C_CPBが直接臓器から出ていくということではありません(実際、parallel tube modelでは、C_FOB < C_CPBになります。)
変形すると、
C_CPB/C_FIB = 1 / (1 + CL_CELL/ Q_H)
が得られます。さらに、EELから
C_FIB x CL_H = C_CPB x CL_CELL
なので、
CL_H = 1/ (1/Q_H + 1/CL_CELL)
という式が導かれます。(すこし面倒くさいですが、ご自分で導いてみてください。)この式は、WSM_CPBを仮定しています。つまり、モデル依存です(別のモデル、たとえは、parallel tube modelを、毛細血管内薬物分布として仮定することもできます。)。
ここで、さらに、毛細血管血中非結合型分率(fu_CPB)の分のみが細胞により除去される仮定すると(free fraction theory (FFT))
CL_H = 1/ (1/Q_H + 1/ (fu_CPB x CL_CELL_u))
= Q_H x fu_CBP x CL_CELL _u/ (Q_H + fu_CPB x CL_CELL_u)
となります。ここで注意して欲しいのは、この式は教科書によく掲載されている、
CL_H = Q_H x fuB x CLint / (Q_H + fuB x CLint)
という式と非常によく似ていますが、意味は全く違います。CLint = CL_CELL_uではありません。後述しますが、もともとの提案時から、CLintはCL_EZ_uとして定義されています。つまり、肝臓内非結合型濃度で定義されているのではありません。CLintは、細胞内非結合型濃度で定義されています。この辺りの混乱が、クリアランス論争の、もう一つの原因です。
ところで、肝臓内非結合型濃度って、一体、何でしょうね?肝臓内の平均非結合型濃度であるとはかぎらないですよね?これは、肝取り込みトランスポーターがある場合を考えれば明らかですね?この点は、次回のブログで説明します。