そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(8) Middle-outはベイズ統計なのか?

2023-12-31
数年前、middle-outを強く推進している、とある海外の先生から、「middle-outに対する批判的な議論には、ベイズ統計の見地が抜けている。」と指摘されたことがあります。大変恥ずかしながら、当時、私はベイズ統計について何も知らなかったので、この指摘の意味が解りませんでした。それから、ベイズ統計の初心者向けの本を何冊か読んで勉強ました。
今現在、私は、「少なくとも従来の形のmiddle-outはベイズ統計ではない。」と考えています。

ベイズ統計に関しては、いろいろな本やウェブサイトで説明されていますので、詳細はそれらをご覧いただければと思います。
基本的な考え方は、
(1) 事前確率がある。
(2) 新しいデータが得られる。
(3) 新しいデータで事前確率を更新する。
です。
これは、一般的な人間の思考パターンと非常に近く、我々は日常的にこのような判断をしています。
例えば、海釣りに行くことを考えてみましょう。
(1) 過去のデータからは、例年この時期、a湾では、b堤防が最も良く釣れる確率が高く、次がc堤防である。
(2) そこで、当日実際にa湾まで行ってみると、b堤防からc堤防へ移動する人を見かけた。
(3) さて、どちらの堤防に行きましょうか?
この判断は、事前情報により左右されるでしょう。事前情報がb: c = 99: 1 ならば予定通りb堤防に行くかもしれないし、事前情報がb:c = 55:45ならc堤防に変更するかもしれません。(見かけた人は、b堤防が釣れていないからc堤防に移動しているのでしょうから。。。ただ、たまたま時間帯が悪かっただけなのかもしれないです。)

それでは、次にmiddle-out PBPKについて考えてみます。
例として、肝クリアランス(CLh)を考えます。医薬品開発においては、おそらく、以下のような手順になるでしょう(概念を分かりやすく説明するため、数式は簡略化しています。)。

(1) 事前情報としてin vitroのデータから固有肝クリアランス(CLint)を予測し(CLint事前予測)、それに基づいてWell-stirred modelでCLhを予測する(CLh = 1/(1/Qh+1/(fuCLint))。
(2) 臨床試験(静脈内投与)から、CLh実測データが得られる。
(3) CLh実測データからCLintを逆算する(CLint逆算)

さて、CLint逆算の値は、CLint事前予測の値に左右されるでしょうか?
もちろん、左右されないですね?
CLint逆算 = 1 /fu / (1/CLh実測-1/Q)
なので、CLint逆算の値は、CLint事前予測の値に全く関係なく計算されます。つまり、CLint逆算は、ベイズ統計とは関係ないことは明らかです。

しかし、実際に市販ソフトを用いている場合には、最小二乗法によりCLint逆算を計算します。その際に、初期値が必要です。初期値として、CLint事前予測を用いる場合も多いでしょう。この場合、CLint逆算の値は、CLint事前予測の影響を受けるでしょうか?もし、受ける場合、それはベイズ統計なのでしょうか?

最小二乗法については、以前のブログをご参照ください。https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/525457

まず初めに、最小二乗和(SS)が、CLintに関して極値を1つだけ持つ、下に凸の曲線だとします。この場合、どの値から出発しても、同じ最小のSSに到達します。したがって、CLint逆算はCLint事前予測の影響を受けません。
CLintに関して極値を2つ以上持つ場合、CLint逆算は初期値により変わる可能性があります。この場合、初期値としてCLint事前予測(初期値Aとする)を使用とすると、最小のSSに到達する可能性が高いのかもしれません。しかし、同じCLint逆算に到達することができる別の初期値(初期値Bとする)も存在します。この場合、初期値A≠初期値Bですが、CLint逆算は全く同じ値になります。ベイズ統計では、CLint逆算は違う値になるはずなので、この逆算もベイズ統計ではありません。このように、最小二乗法では初期値が必要なので、一見ベイズ統計と同じように見えるのかもしれませんが、実際にはそうではありません。
上記の議論から、少なくとも従来の形のmiddle-outはベイズ統計ではないこと、ご理解いただけると思います。

なお、今年(2023年)になって、in vitroデータと臨床介入試験データの両者を考慮に入れた形での、DDI予測も提案されています(論文が難しすぎて、私には良くわかりませんが。。。)。
Hozuki, S., Yoshioka, H., Asano, S., Nakamura, M., Koh, S., Shibata, Y., ... & Hisaka, A. (2023). Integrated Use of In Vitro and In Vivo Information for Comprehensive Prediction of Drug Interactions Due to Inhibition of Multiple CYP Isoenzymes. Clinical Pharmacokinetics, 1-12.
https://link.springer.com/article/10.1007/s40262-023-01234-6

この論文は、あくまでDDIに関するものです(加えて、mechanistic static model (MSM)を用いています。一般に、MSMはPBPKとは呼ばれません。)。DDIは、阻害剤の同時投与による臨床PKデータ(介入試験データ)があれば、fmを推定可能です。そのうえで、さらにin vitroデータを考慮すべきかどうか?は、in vitroからの予測の精度と、特異的阻害剤を用いた介入試験データからの逆算値に基づく予測の精度、この2つのバランスによるのではないかと思います。