塩の溶解度測定を依頼されたら?
2023-01-04
今回のGrowth Projectで、塩の溶解度測定を依頼されたら?という話題がありました。
企業の物性研究者は、プロジェクトから、塩形成した薬物(塩)の溶解度測定を依頼された経験がある方が多いと思います。
あるいは、オンラインの依頼システムにSubmitされたサンプルを、ルーチン測定しているかもしれません。
物性研究者ならば「塩から測定しても、結局、フリー体と同じ値になるので、意味がない。」と分かっていると思います。
一方、プロジェクトの研究者(例えば、有機合成や薬物動態の方々)は、塩にすると「溶解度」が上がると思っています。
なぜ、このような認識の差が起きるのでしょう?
溶解度測定の担当者は、当然、溶解度測定のことは良く知っています。
一般に、医薬品開発における溶解度測定は、あるpHにおける平衡溶解度を測定することを目的としています(*)。したがって、試験条件は
(1)平衡に到達させるための長い振とう時間(通常24時間以上)と強い撹拌
(2)pHを一定に保つための強い緩衝能(はじめに加える薬物のモル数<緩衝能)(**)
になっています。
Ono, A., Matsumura, N., Kimoto, T., Akiyama, Y., Funaki, S., Tamura, N., ... & Sugano, K. (2019). Harmonizing solubility measurement to lower inter-laboratory variance–progress of consortium of biopharmaceutical tools (CoBiTo) in Japan. ADMET and DMPK, 7(3), 183-195.
したがって、pHコントロール領域では(=中性pH付近では)、残存固体はフリー体になり、それと平衡状態にある溶液中で測定される薬物濃度(すなわち溶解度)は、フリー体から測定した場合と同じ値になります(***)。
つまり、塩から測定した溶解度は、フリー体から測定した値と同じになります。(別の言い方をすると、なるべくそうなるような試験条件になっています。)
一方で、プロジェクトの研究者は経験上、塩形成した場合には経口吸収が上がることは知っていますし、有機合成の方であれば、水(純水)への溶解度が上がることを体験しています(なお、有機合成ではめったに緩衝液は使いません。)
このミスコミュニケーションを放置すると、最悪の場合、塩にしても吸収性を改善する効果が無いとプロジェクトが判断してしまうかもしれません。あるいは、溶解度測定が間違っているとクレームをつけてくるかもしれません。
実際には、塩形成すると、ほとんどの場合、消化管内で過飽和濃度を形成することで、吸収性が向上します。(****)(*****)
したがって、塩からの経口吸収性を正しく評価するには、平衡溶解度測定ではなく、過飽和濃度を適切に評価可能な系が必要になります。(******)
過飽和濃度の評価系については、現在、様々な方法が研究されており、まだ研究者間でコンセンサスが得られていない状況です。(僕なりに、こうした方がよいかなぁ~、というのはあるのですが。。。)
このあたり、プロジェクトと上手にコミュニケーションをとるのも、物性研究者の大切な仕事かな?と思います。(*******)
(*)構造溶解度相関のためには、粒子径や原薬形態に左右されない値が必要です。また、経口吸収率予測に用いる値の1つとしても、この値が必要です。
(**) 対照的に、純水に塩を溶かした場合を考えてみると面白いと思います。この場合、溶解度は上がります(pHが変化します。)平衡形成固体は、塩のままの場合も、フリー体が析出する場合もあります。
Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Salt Solubility and Disproportionation–Uses and Limitations of Equations for pHmax and the In-silico Prediction of pHmax. Journal of Pharmaceutical Sciences, 111(1), 225-246.
(***)ただし、平衡に達していない場合、結晶多形がある場合、不溶性のリン酸塩として析出する場合、あるいは塩を多く加えてしまってpHが変化してしまう場合、などもありますので注意しましょう。できれば、残存固体の結晶形を確認しましょう。
(****)溶出速度も向上しますが、溶出速度が問題となっている場合には(=経口吸収が溶出速度律速の場合)、粒子径を小さくすることで十分改善可能です。
(*****)したがって、PBBMでは、塩の溶出と、フリー体の析出および溶出を、しっかりと区別する必要があります(前者にはKspが不可欠です)。残念ながら、これまで発表されているPBBMでは、これらが全く区別されていないので、論文を読む際には注意しましょう(それでもシミュレーションが当たるように見えるのは、パラメータフィッテイングを濫用しているからなのですが。。。これについては以前のブログをご覧ください。)。
(******)生物学的同等性を考える場合にも重要です。一般的なSink条件の溶出試験では、過飽和は評価できません。
(*******)なお、物性マニアの言うところの塩の溶解度とは、「もし仮にフリーの析出が起きずに平衡形成固体が塩のまま存在できる場合の平衡溶解度」です。実測はまず出来ないですが、理論上は定義できます。√Kspよりもかなり高い値になります。
企業の物性研究者は、プロジェクトから、塩形成した薬物(塩)の溶解度測定を依頼された経験がある方が多いと思います。
あるいは、オンラインの依頼システムにSubmitされたサンプルを、ルーチン測定しているかもしれません。
物性研究者ならば「塩から測定しても、結局、フリー体と同じ値になるので、意味がない。」と分かっていると思います。
一方、プロジェクトの研究者(例えば、有機合成や薬物動態の方々)は、塩にすると「溶解度」が上がると思っています。
なぜ、このような認識の差が起きるのでしょう?
溶解度測定の担当者は、当然、溶解度測定のことは良く知っています。
一般に、医薬品開発における溶解度測定は、あるpHにおける平衡溶解度を測定することを目的としています(*)。したがって、試験条件は
(1)平衡に到達させるための長い振とう時間(通常24時間以上)と強い撹拌
(2)pHを一定に保つための強い緩衝能(はじめに加える薬物のモル数<緩衝能)(**)
になっています。
Ono, A., Matsumura, N., Kimoto, T., Akiyama, Y., Funaki, S., Tamura, N., ... & Sugano, K. (2019). Harmonizing solubility measurement to lower inter-laboratory variance–progress of consortium of biopharmaceutical tools (CoBiTo) in Japan. ADMET and DMPK, 7(3), 183-195.
したがって、pHコントロール領域では(=中性pH付近では)、残存固体はフリー体になり、それと平衡状態にある溶液中で測定される薬物濃度(すなわち溶解度)は、フリー体から測定した場合と同じ値になります(***)。
つまり、塩から測定した溶解度は、フリー体から測定した値と同じになります。(別の言い方をすると、なるべくそうなるような試験条件になっています。)
一方で、プロジェクトの研究者は経験上、塩形成した場合には経口吸収が上がることは知っていますし、有機合成の方であれば、水(純水)への溶解度が上がることを体験しています(なお、有機合成ではめったに緩衝液は使いません。)
このミスコミュニケーションを放置すると、最悪の場合、塩にしても吸収性を改善する効果が無いとプロジェクトが判断してしまうかもしれません。あるいは、溶解度測定が間違っているとクレームをつけてくるかもしれません。
実際には、塩形成すると、ほとんどの場合、消化管内で過飽和濃度を形成することで、吸収性が向上します。(****)(*****)
したがって、塩からの経口吸収性を正しく評価するには、平衡溶解度測定ではなく、過飽和濃度を適切に評価可能な系が必要になります。(******)
過飽和濃度の評価系については、現在、様々な方法が研究されており、まだ研究者間でコンセンサスが得られていない状況です。(僕なりに、こうした方がよいかなぁ~、というのはあるのですが。。。)
このあたり、プロジェクトと上手にコミュニケーションをとるのも、物性研究者の大切な仕事かな?と思います。(*******)
(*)構造溶解度相関のためには、粒子径や原薬形態に左右されない値が必要です。また、経口吸収率予測に用いる値の1つとしても、この値が必要です。
(**) 対照的に、純水に塩を溶かした場合を考えてみると面白いと思います。この場合、溶解度は上がります(pHが変化します。)平衡形成固体は、塩のままの場合も、フリー体が析出する場合もあります。
Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Salt Solubility and Disproportionation–Uses and Limitations of Equations for pHmax and the In-silico Prediction of pHmax. Journal of Pharmaceutical Sciences, 111(1), 225-246.
(***)ただし、平衡に達していない場合、結晶多形がある場合、不溶性のリン酸塩として析出する場合、あるいは塩を多く加えてしまってpHが変化してしまう場合、などもありますので注意しましょう。できれば、残存固体の結晶形を確認しましょう。
(****)溶出速度も向上しますが、溶出速度が問題となっている場合には(=経口吸収が溶出速度律速の場合)、粒子径を小さくすることで十分改善可能です。
(*****)したがって、PBBMでは、塩の溶出と、フリー体の析出および溶出を、しっかりと区別する必要があります(前者にはKspが不可欠です)。残念ながら、これまで発表されているPBBMでは、これらが全く区別されていないので、論文を読む際には注意しましょう(それでもシミュレーションが当たるように見えるのは、パラメータフィッテイングを濫用しているからなのですが。。。これについては以前のブログをご覧ください。)。
(******)生物学的同等性を考える場合にも重要です。一般的なSink条件の溶出試験では、過飽和は評価できません。
(*******)なお、物性マニアの言うところの塩の溶解度とは、「もし仮にフリーの析出が起きずに平衡形成固体が塩のまま存在できる場合の平衡溶解度」です。実測はまず出来ないですが、理論上は定義できます。√Kspよりもかなり高い値になります。