物性研究者はフィッテイングが気持ち悪い、件について
2022-08-18
先日、とある企業の製剤研究者とお話ししていた際、PBPKモデルについて、「臨床血中濃度推移に合わせるために、PBPKモデルのパラメータをフィッテイングする(以下、フィッテイング)のは、気持ち悪くないのですかね?」とおっしゃっていました。
それを聞いて、この「気持ち悪い」という感覚が働くかどうか?は、物性・製剤と動態で異なるのかな?と思いました。
おそらく物性や製剤の研究者の多くは、感覚的に「気持ち悪い」と思うでしょう。一方で、薬物動態の研究者はそうでもない方が多いようです。上記のお話も、社内で臨床薬物動態の研究者と議論したときに感じたそうです。
まず前提として、PBPKモデルは、その名前の通り、Physiologically-basedであることが、その根幹です。
数理モデルがPhysiologically-basedであることは、同時に生理学的パラメータに影響を受けない「薬物固有」パラメータが使用されること意味します。たとえば、pH(生理学的パラメータ)が、受動拡散の細胞膜透過係数(Ptrans)に与える影響をモデルするには、固有膜透過係数(非解離型分子の膜透過係数、Ptrans0)とpKaを用いて、
Ptrans = f0(pH, pKa) x Ptrans0 (非解離型分率f0は、Henderson-Hasselbalchで計算する。ここでは、pH分配理論が用いられる。)
のようになります。このように、薬物固有パラメータと生理学的パラメータを数理モデルで組合わせてin vivoを予測する、というのが、PBPKモデルの基本です(*)。PBPKモデルの中で、生理学的パラメータのみを変更することで、種差や食事の影響を予測できるようになります。
ここで、”薬物固有”という言葉への思い入れの違いが、物性と動態では、かなり違うように思います。
物性では、例えば、pKaは、in vitro(という表現なのかわかりませんが)で、正確に測定できます。これは、分子固有の定数なので、この値が生体内で変化することはありません。固有溶解度(S0)も定数です。Ptrans0は若干異なる可能性もありますが、基本的にはin vitroもin vivoも同じと仮定します(この仮定で予測できます。)。もし、物性研究者が、pKaや固有溶解度をフィッテイングで求めると聞いたら、、、まあ大変憤慨することでしょうね(実際には、某有名企業で、そんなことすらしているケースがあると聞いたことがあります)。(**)
一方で、固有クリアランス(CLint)は、薬物固有という意味ではありません。例えば、代謝の個体差で変化します(CYP2D6とか)。
ここでいう固有とは、「タンパク結合率の影響を除いた」という意味です(つまり、フリー体仮説です。この仮説がOKなのか?が、現在議論になっているわけですね。。。)。
おそらく、物性と同じ意味で”薬物固有”と言えるのは、タンパク結合率や各代謝酵素分子に対するKmだと思います。さすがに、これらのパラメータについては、フィッテイングに対して違和感を覚える動態研究者が多いのではないでしょうか?(ただ、実際には、これらをフィッテイングで求めている論文も、かなりあります。一般には、「見かけのKm」という概念を取り入れて、真の(薬物固有の)Kmとは区別することが多いと思います。一方で、「見かけのCLint」というのは聞いたことがありません。)
それでは、CLintをフィッテイングで求めることは?
これは、フリー体仮説と、もう一つ、肝代謝モデル(たとえばWell-stirred model)、が妥当なのか?という議論になります。
これが、前回のブログに書いたクリアランス論争の論点の一つです。
これについては、また後日、詳細に議論したいと思いますが、フィッテイングで求めた(ある仮定の下での)「見かけのCLint」と「真のCLint」を混同していることが論争の1つの原因のようにも思います。
上記の気付きが、製剤ー動態間のミスコミュニケーションをなくし、両者の協力体制に少しでも貢献できれば幸いです。
* Peff = aPapp^b (logPeff = AlogPapp + B)というのは、経験式でありPBPKモデルではありません。Peffは、経口吸収を規定する3大パラメータの一つなのですから、これを用いた経口吸収simulationをPBPKと称するのは、大きな誤解を招く表現です。なお、この式では、pH、胆汁ミセル、非攪拌水層などを一切考慮できません(ので、種差や食事の影響を正しく予測できません)。In vitroの条件を生体に近づければよいのでは?という意見もありますが、その場合、Physiologically-basedなのは、in vitro model自体であって、数理モデルではありません。なお、創薬で用いられるCaco-2 Papp測定条件は、生体とは異なる部分も多いことから、実際には、上記の式ではPeffを予測できません(ので、Peffがパラメータフィッテイングの対象になってきたのですよね。)。最近では、ほかにフィッティングに使用できるパラメータが増えてきたので、Peffがフィッティングの対象になることは少なくなっているかもしれません。しかし、それは、どのパラメータをフィッテングしたってcurve fitting出来てしまうからです。上記の式で、適切に予測できると言うことではありません(安易にパラメータを選んでフィッテイングをする人たちは、このことが直感的に分からないから、気持ち悪さがわからないのでしょうね?)。
** 薬物固有パラメータは変えずに、かわりにスケーリングファクター(SF)を入れる、という考えも聞いたことがあります。しかしそれらは同じことです。(SF x Ptrans0 = FittingしたPtrans0、なので、、、)。
それを聞いて、この「気持ち悪い」という感覚が働くかどうか?は、物性・製剤と動態で異なるのかな?と思いました。
おそらく物性や製剤の研究者の多くは、感覚的に「気持ち悪い」と思うでしょう。一方で、薬物動態の研究者はそうでもない方が多いようです。上記のお話も、社内で臨床薬物動態の研究者と議論したときに感じたそうです。
まず前提として、PBPKモデルは、その名前の通り、Physiologically-basedであることが、その根幹です。
数理モデルがPhysiologically-basedであることは、同時に生理学的パラメータに影響を受けない「薬物固有」パラメータが使用されること意味します。たとえば、pH(生理学的パラメータ)が、受動拡散の細胞膜透過係数(Ptrans)に与える影響をモデルするには、固有膜透過係数(非解離型分子の膜透過係数、Ptrans0)とpKaを用いて、
Ptrans = f0(pH, pKa) x Ptrans0 (非解離型分率f0は、Henderson-Hasselbalchで計算する。ここでは、pH分配理論が用いられる。)
のようになります。このように、薬物固有パラメータと生理学的パラメータを数理モデルで組合わせてin vivoを予測する、というのが、PBPKモデルの基本です(*)。PBPKモデルの中で、生理学的パラメータのみを変更することで、種差や食事の影響を予測できるようになります。
ここで、”薬物固有”という言葉への思い入れの違いが、物性と動態では、かなり違うように思います。
物性では、例えば、pKaは、in vitro(という表現なのかわかりませんが)で、正確に測定できます。これは、分子固有の定数なので、この値が生体内で変化することはありません。固有溶解度(S0)も定数です。Ptrans0は若干異なる可能性もありますが、基本的にはin vitroもin vivoも同じと仮定します(この仮定で予測できます。)。もし、物性研究者が、pKaや固有溶解度をフィッテイングで求めると聞いたら、、、まあ大変憤慨することでしょうね(実際には、某有名企業で、そんなことすらしているケースがあると聞いたことがあります)。(**)
一方で、固有クリアランス(CLint)は、薬物固有という意味ではありません。例えば、代謝の個体差で変化します(CYP2D6とか)。
ここでいう固有とは、「タンパク結合率の影響を除いた」という意味です(つまり、フリー体仮説です。この仮説がOKなのか?が、現在議論になっているわけですね。。。)。
おそらく、物性と同じ意味で”薬物固有”と言えるのは、タンパク結合率や各代謝酵素分子に対するKmだと思います。さすがに、これらのパラメータについては、フィッテイングに対して違和感を覚える動態研究者が多いのではないでしょうか?(ただ、実際には、これらをフィッテイングで求めている論文も、かなりあります。一般には、「見かけのKm」という概念を取り入れて、真の(薬物固有の)Kmとは区別することが多いと思います。一方で、「見かけのCLint」というのは聞いたことがありません。)
それでは、CLintをフィッテイングで求めることは?
これは、フリー体仮説と、もう一つ、肝代謝モデル(たとえばWell-stirred model)、が妥当なのか?という議論になります。
これが、前回のブログに書いたクリアランス論争の論点の一つです。
これについては、また後日、詳細に議論したいと思いますが、フィッテイングで求めた(ある仮定の下での)「見かけのCLint」と「真のCLint」を混同していることが論争の1つの原因のようにも思います。
上記の気付きが、製剤ー動態間のミスコミュニケーションをなくし、両者の協力体制に少しでも貢献できれば幸いです。
* Peff = aPapp^b (logPeff = AlogPapp + B)というのは、経験式でありPBPKモデルではありません。Peffは、経口吸収を規定する3大パラメータの一つなのですから、これを用いた経口吸収simulationをPBPKと称するのは、大きな誤解を招く表現です。なお、この式では、pH、胆汁ミセル、非攪拌水層などを一切考慮できません(ので、種差や食事の影響を正しく予測できません)。In vitroの条件を生体に近づければよいのでは?という意見もありますが、その場合、Physiologically-basedなのは、in vitro model自体であって、数理モデルではありません。なお、創薬で用いられるCaco-2 Papp測定条件は、生体とは異なる部分も多いことから、実際には、上記の式ではPeffを予測できません(ので、Peffがパラメータフィッテイングの対象になってきたのですよね。)。最近では、ほかにフィッティングに使用できるパラメータが増えてきたので、Peffがフィッティングの対象になることは少なくなっているかもしれません。しかし、それは、どのパラメータをフィッテングしたってcurve fitting出来てしまうからです。上記の式で、適切に予測できると言うことではありません(安易にパラメータを選んでフィッテイングをする人たちは、このことが直感的に分からないから、気持ち悪さがわからないのでしょうね?)。
** 薬物固有パラメータは変えずに、かわりにスケーリングファクター(SF)を入れる、という考えも聞いたことがあります。しかしそれらは同じことです。(SF x Ptrans0 = FittingしたPtrans0、なので、、、)。