時事ネタ7
2024-07-30
皆様、ご機嫌よろしいですか?常に機嫌よくしていましょう。愛されるからです。
今はパリオリンピックで観戦している人も多いのではないでしょうか?オリンピック精神は世の中で戦いを無くして、平和の祭典として競技を通してお互いの健闘を称えあうものだと思います。
それなのに、ウクライナ戦争は継続中ですし、イスラエルとハマスの戦闘も継続中です。それで、ロシアとベラルーシの選手は国代表ではなく中立選手として参加するそうです。
確かに、設立当初のオリンピック精神は称えてもよいかもしれません。しかし、現在のオリンピックは商業主義が丸出しです。
東京オリンピックでも、多くの逮捕者が出ましたが、スポンサーや組織委員会に多額の賄賂が流れたようです。すでに組織委員会からして、健全な精神はないようです。多額のお金が動くので、億単位のお金に人々が群がるのでしょう。東京オリンピックは完全に失敗でした。新型コロナのせいではありますが、無観客での競技は、選手も楽しめなかったかもしれません。
パリオリンピックにしても、開会式の前にTGV(フランス高速鉄道)で3路線で放火事件がありました。それでフランス警察も大勢を動員して警備にあたっています。開会中ですが、何があるかわかりません。
このように、大会に対して不満を持っている人々がいるようです。オリンピック自体にも組織委員会等に問題があるように感じる人もいるでしょう。
このような状態で、オリンピックに意義を見出すのが難しいのかもしれません。純粋に競技を楽しんで、お互いの健闘を称えあうような本来の意義に立ち返ることが必要かもしれません。
そもそも、「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言われていますが、これは誤訳のようで、「健全な肉体に健全な精神が宿ると良い」が本来の意味で、健全な肉体というのは外からも判断しやすいものです。ところが健全な精神というものは判断しにくいものです。ですから、古代のギリシャでは、まず肉体を健全にしよう、そしてそれから精神も健全にしよう、つまり健全な精神というのは簡単に身につくものではないからということらしいです。
確かに、健全な精神はつかみどころがありませんし、何をもって健全と言えるかも難しいかもしれません。
多分、競技を通じてスポーツマンシップである、正々堂々、ごまかしやまやかしのない公平な態度をとることはできるかもしれません。それなのに、オリンピックでは常にドーピングによる成績の剥奪が起きています。つまり、そのようにスポーツマンシップさえもオリンピックから除かれてしまったのです。
お互いに切磋琢磨するのは、すばらしいことですが、オリンピックのように当初の精神が全くない大会に興味がなくなっても、おかしくないと思います。